夢の先
昨年の頭に「夢の船」というブログをあげました
その内容は、自分の夢ではなく、自分以外の誰かの夢についてだったのですが
今回は自分の夢、それぞれ皆さん自身の夢について
もっと言えば、「夢」ってなんだろう?というテーマについて書いてみたいと思います
ところで皆さんは、「夢」と「目標」の違いってなんだと思いますか?
私はこれを考える時に、学生時代に後輩(当時B級)が言っていた言葉を思い出します
A級になるのは「目標」で、名人になるのは「夢」って感じがするんですよね
それを聞いた時、私はなるほどなぁと感じました
この感覚、皆さんにもなんとなくわかってもらえるのではないでしょうか
目標は頑張れば届きそうなもの
夢は遥か遠くにあって現時点では想像もつかないもの
ただ、この定義だと夢を叶えるっていう表現にちょっと違和感が生まれます。なぜなら、夢に近づく過程で、少しずつ実現性が増してきて、「夢」が「目標」に変わってしまうからです
なんか、考えなくてもいい、ややこしいこと考えている気もしますが、お付き合いください
では、「夢」と「目標」の違いはなんなんでしょうか?
(先に言っておきますが、こんなの人それぞれの考え、定義があると思います。ここから先は私がそう思っている、というだけのことです)
私は、「情熱」じゃないかと思っています
かの有名な将棋の羽生先生はこうおっしゃっています
何かに挑戦したら 確実に報われるのであれば、 誰でも必ず挑戦するだろう。報われないかもしれないところで、同じ情熱、気力、モチベーションをもって継続しているのは非常に大変なことであり、私は、それこそが才能だと思っている。
もうここで、このブログを終わってもいいくらい、全てが詰まっている気がします
遥か遠い場所を目指そうとする時、必ず情熱が必要なんだと思います
最初の後輩の定義は、名人になるという目標の背景に、我々が情熱の存在を感じるから、納得感があるのではないでしょうか
つまり、私が言いたいのは、その規模の大小や、実現までの長短ではなく
そこに「情熱」があるのであればそれは(少なくともその人にとって)「夢」と呼べるものなんだろうと、そういう話です
なんで急にこんなことを考え始めたかと言うと、昨年は私にとって、大きな夢を叶えた年でした
大きな夢を叶えて、自分は、わかりやすい目標を今失っている感覚があります。
かと言って別に、燃え尽き症候群とか、そういうことではなく、非常に元気にその夢の中を泳ぎ回ってはいて、このエネルギーはどこから来るのだろうと、ふと思ったのです
私は勘違いしていました。私のエネルギーは「夢」があるから、それに向かっているから湧き出てくるのだと、そう思っていたんです
でも、夢を叶えたあとも、さらにわきあがるエネルギーを感じて、
あぁそうか、私のエネルギーは、「夢」という外からのものではなくて、「情熱」という内からのものだったんだと
そう思うと少し安心しました。別に今何かはっきりとした目標、これが夢だ!と掲げられるものがなくてもいいんだと
内から生まれる情熱をただただ大事にしていればいいんだと
なんか長くなりましたが、みなさんもどうか内から湧き上がる、自分自身の「情熱」、自分自身の声を大事に、
今年も健やかにお過ごしいただければと思います

